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アムゼルくんの世界 Die Welt des Amselchens 

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陽射しはもう春

重く垂れ込めていた黒い雲がきれいさっぱりと失せて、春を思わせる陽が射す日が続いている。そのためか朝晩は冷え込む。

それでもやはり陽が照ることは何よりもありがたい。

鬱陶しい冬の暗さと春の輝かしさ、その季節の劇的な移りようは高緯度地方独特なものだろうか。

この地での暮らしを重ねるたびに、当地の人々との共通のメンタリティが徐々に自分の中に形成されてくるのが感ぜられる。


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ある土地の気候と文化が歴史的につくりあげたその土地の独特の雰囲気がある。

それを<風土>と和辻哲郎は定義した。

人は風土の中で生きる、その風土がつくる文化と社会のなかで暮らす、ゆえに人と土地との結ぶつきは、人というものを考えるとき、いつも意識されていなければならない。

書物にそう書いてあることを、なるほどと理解するのと、実際にことなる風土にすんで実存的に経験するのでは、やはり大きな隔たりがある。

そしてそのような経験をひとつひとつ積み上げることが生きるということなのだと、来独してそろそろちょうど二十年目をむかえてしみじみと感じている。


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森有正のいった<経験>というものをやっと真の意味で理解できる地点にいたったことを知る。

若い自分にはただ想像するだけだったその意味がわかった、それでけでも生きてきた価値があった、とも思う。

さてこれからはどんな地平が開けてくるのだろうか、齢を重ねるとはまた愉しみなことである。
by amselchen | 2009-01-30 03:24 | Summicron-R 50

森有正をちゃかす男

『地球の歩き方』を出版するダイヤモンド社から、「旅の雑学ノート」というシリーズも出ていたことをご存知ですか?

中でも『香港・旅の雑学ノート』は大傑作ですが、「パリ」編もなかなかのものです。

その『パリ 旅の雑学ノート』の二冊目のあとがきに、作者の玉村豊男氏は、以下のようなものを記しています。

「哲学者の故・森有正氏は、どこか外国へ行くと・・・・氏はノートルダム寺院と心中しそうなほどフランスに同化した人だから、外国というのはフランスと日本以外の国ということだが・・・まずその土地のホテルに投宿するとすぐに浴衣に着替え、ゆったりと寝室の肘掛け椅子に腰をおろして、書物などとり出しおもむろに読みはじめるという。

そんなエピソードをどこかで読んだことがあるが、さすがにえらい哲学者は違うものだ。」


というような揶揄するがごとき、しかし一抹の尊敬の念はまぜながら、という玉村氏らしい素敵な文章です。


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わたしは、どちらかといえば、といわずとも、いたって雑駁な人間ですから、森有正のような重厚なマジメの上にもマジメな、そしてしかも情感あふれた文章などにかかわっているより、東海林さだお氏のエッセイかなんかを床にねっころがって読み散らしながらガハハと笑っているほうがよほど気は楽なんですね。

しかしながら、人間には、とまた一般化してしまいそうなので、急いで訂正すれば、わたしにはある程度の堅苦しい規範などというものが必要らしいのです。

そこで、森有正の文章なんぞをもちだしてカッコつけてるわけなんですよ。そこんとこわかってね。

まあいずれにせよ、このブログは写真がメインで文はオカズなので、読み飛ばしてもらえば、それでいいのですが。
by amselchen | 2008-08-30 06:01 | Macro-Elmarit-R 60

生きるという定義


「人間は誰しも生きることを通して、自分の中に「経験」が形成されてゆく。今、経験ということを説明していることはできないが、それは煎じつめれば、人間が過去からうけついだ歴史的なもの、それが、事故の働きと仕事とによって、自分自身のものとして定義されること、そういうものだと思っている」(「思索の源泉としての音楽」より引用。『遥かなノートルダム』所収)



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「経験」はある人の生を定義するものであると同時に、その人のたつ文化的背景と切り離すことができず、また文化的伝統も、一人一人の「経験」(生きることそのもの、と言いかえてもいいかもしれません)を通して定義しなおさなければならない、といっているようです。

これもまた、<個は全体であり、全体は個である>ことを違う視点から言い直しているようにも見えます。
by amselchen | 2008-08-29 04:42 | Tessar 2.8/50

遥かな森有正


「念のためつけ加えると、僕はここで別に経験論哲学を論じようというのでもなく、また経験というものを学問的、論理的に定義しようというのでもない。そうかといって、経験というものを、俗にいう経験を積んだ人、という場合の意味に解しているのでもない。

このあとの意味では、経験というものは一つの手段の意味に、金を溜めるこつ、という場合のこつを心得る、という意味に近いものとなるが、そういう意味に解しているのでも勿論ない。

僕の言おうとする経験がこの二つの意味にも何かの点で触れることは否定できないが、そういう意味は、さしあたり関心の外にある。僕にとって大切なのは、妙な言い方をすると、経験がどういうものか、ということの経験である。」
(『遥かなノートルダム』所収「霧の朝」から引用)



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かって昭和でいうと45年から55年ころ、つまり西暦では70年代ですが、日本の学生の誰もが、というと誇張でしょうが、少なくとも学生であった私が知る範囲で、よく読まれてていた森有正ですが、今はもう忘れ去られた作家に数えられるでしょう。

そこでこれから、手元にある『森有正全集』を紐解いて、わたしが当時感じいり、そしてわたしの「経験」のために大いにやくだってくれた言葉を少しづつ紹介してゆくことにしましょう。

例によって、また中途半端にとつぜん終了してしまうかもしれませんが、どうか多めに見てください。
by amselchen | 2008-08-28 04:42 | Tessar 2.8/50

「経験」がみちびく「生」


日本からドイツへ引越してくるときに持ってきた本はそう多くはありませんが、その中には『森有正全集』もありました。

しかし昔ほどしばしば紐解くということは、今はありません。ときおり思い立っては開いてみる、という程度でしょうか。


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彼が折にふれて書き記した当時のフランスと日本の文化と社会、あるいは世界情勢をめぐる考察は、今となってはもうずいぶん古びたものとなってしまい、なんだか読むたびに痛ましい思いをしてしまうからです。

端的にいえば、時代遅れ、誤った世界認識といった部分があって、どうも自然と遠ざかってしまったのです。

しかし、彼の哲学的エッセイは、前回も述べたように、叙情的な文章で読むものをみずからの思索へと導く効果がある、と個人的には考えています。その点では、思索をこころざす日本人には、けっして古びることのない新鮮な水を湧き上げ続ける泉のような貴重な仕事だと思っています。

とくに彼の思索の中心テーゼである「経験」という言葉は、わたし自身が齢をかさね、その当時の彼よりも年上になって、遅まきながらも腑に落ちるように理解ができるようになりました。

それは、「実存的体験」が定義するその人の「生そのもの」、といいかえても良いのではないかと思います。

また「経験」という言葉の理解の仕方も、その人の「経験」による、といってもいいでしょう。

主著『遥かなノートルダム』は、いまでも文庫本で手に入るはずですから、興味をお持ちの若い読者がおられるなら、ぜひ一読されることをおすすめします。


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by amselchen | 2008-08-24 06:53 | Macro-Elmarit-R 60

遠ざかる森有正


前々回ふれた森有正の言葉ですが、やはり気になって原文を探してみました。まずは代表作『遥かなノートルダム』から、とばかりパラパラとめくりはじめました。

そして、なんとすぐその言葉を探し当ててしまいました。

第一篇、『霧の朝』の冒頭近くにそれはあったのでした。なんという不覚。

それはすでに引用したものとは違っていましたが、おおもとの意味ではクロースしていたでしょう。以下にその部分を引用します。


「水位のおちたセーヌは池の水のように動かず、ケー(岸壁)に沿う道路には、車も人影もまばらであった。こういう日が毎日毎日続きはじめると、人々は仕事と夜の燈火とにその憂鬱を晴らす本当にパリらしい生活が始まる。今年はそれが例年よりも大分遅れ、大学の新学年の開始と同時にやって来た。夏の光にひかれて外に向かって激しく開かれていた感覚も静まり、心は内へ向かう。途切れていた反省と思索とが、しばらく忘れていたリズムを取りもどしながら、内面を流れ始める。」


若かったわたしは、このような森の叙情的でありながら人を思索へと導く文章が好きでした。

シナ文学をとるか仏文に行くか迷った挙句、結局シナ文を選んでしまったわたしを大いに後悔させてくれたのが、森有正の文章でした。

シナの歴史文学哲学には、どうにもぬぐいきれぬ違和感を覚えるわたしにとっては、やはり選択コースを誤ってしまったのかもしれません。


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しかし、シナ遊学をへて思いがけず欧州に生活するようになってからは、あれも回り道だったとはいえ、けっして無駄なことではなかった、と考えるようになりました。

そして、かって、思いをめぐらせ精神を養った場所へと帰ってきたのだ、と考えることにしました。

しかし、そのときにはもう森有正はこの世での仕事を終え、遠く旅立ったあとだったのです。そして今ではもう彼のことを語る人もめっきり少なくなってしまいました。

その死後三十年以上が過ぎ去り、ますます遠ざかる彼の背中をみつめるように、わたし自身の生を踏みしめてゆこう、とわたしは今、考えているのです。
by amselchen | 2008-08-23 06:03 | Macro-Elmarit-R 60