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アムゼルくんの世界 Die Welt des Amselchens 

カテゴリ:Yashica ML 35/2.8( 17 )

スーパーレンズが引き寄せる光景

前回、無意識の力が働いたような撮影だったと述べた。

それはほとんど一時間に満たないごく短い時間であった。

いつもの見慣れた街角だったが、

ML35でなにげなく撮影した光景が、

PCの画面に開いてみると、まるでちがう自分が撮った画のようであった。


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レンズの力が、<わたし>の表層意識の下に隠れたものを誘い出してくれたのかも知れなかった。

今度もまたこのような写真がとれるのだろうか?

また週末がくる、試してみよう。
by amselchen | 2009-01-24 02:50 | Yashica ML 35/2.8

条件しだいで解像度も高まる

今回の一連のML35の試写では、暗い街角とそこに射す陽光、というモチーフであったことが後から知れた。

つまりあちこちやたら撮影して、その結果が期せずしてそうなっていたということ。

これも無意識の働きだったのだろうか。

その所以か、気に入る画の出来る確率が高かった。

この日は薄曇でぼんやりとした光が漂うように高みに射していたが、そのあたり具合によってはレンズの解像度を引き出す条件を与えてくれることもあった。

以下がそのひとつである。


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このレンズ、撮っていてストレスがなく、このように光の程度で画も撮りわけてくれる。

これから、わたしにとってのベスト・レンズの候補のひとつとして使用頻度が高まる予感がする。

コスト・パフォーマンスでいえばすでにベスト・レンズである。
by amselchen | 2009-01-23 04:19 | Yashica ML 35/2.8

Yashica・ML35が呼寄せる風景

というわけで、<わたし>の世界を<わたし>が定義すると、不思議なことが起きる。

こんな風景がほしい、と思ったとおりの風景が<わたし>に現前するのだ。

Contaxレンズ導入以来、その傾向が強い。

またこのヤシカ・ML35はとくにその力が強いようである。


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この街角でこの視点ではこうあらねばならぬ、という<わたし>の定義そのままに光と影がその位置を決める。

その意味ではこのレンズは<わたし>をまったく「裏切らない」。

これはいったいどういうことなのだろうか?
by amselchen | 2009-01-22 02:38 | Yashica ML 35/2.8

うつろうだけの表の世界

目で見る世界は畢竟現象世界であるから、そこには本質が露呈しているわけではない。

プラトンによればすべての事物には「イデア」という本質がある。

あれやこれやの花々の本質である、「花というイデア」があるのだという。

ひとつのひとつの現象を帰納してゆくと本質に行き着くのではなく、本質の演繹が現象世界ということか。


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その考えはどうも理解しにくい。

わたしがこうあれ、と念じたものが現象として現れ出でる、と考えたほうがすんなりと納得できる。

<わたし>にとっての世界は<わたし>が定義しているのだ。

Meine Welt bestimme ich.

これで世界はこともなし・・・・・か。
by amselchen | 2009-01-21 00:09 | Yashica ML 35/2.8

裏切られる視線と客観世界

こんな風に見ていたのではなかった、と撮影した画を見て感じることがままある。

それを視線を裏切るカメラの眼、と名づけておいた。

そしてどうしてそんなことが生起するのかと考察を進めようとして頓挫している。

しかし、今はこう考えている。

<わたし>の視線は、わたし自身の心象風景をもとめる、これは以前にも触れておいたかもしれない。

ゆえに、<わたし>の視線は精確な現象世界を見てはいないのだ。

いわば、<わたし>がそうあってほしい世界を、現象世界の表面から切り取っているだけなのだ。


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だから、<わたし>にとって世界とは<わたし>が作り上げるものである、とはこの意味でまったく正しいと確信する。

ただし問題は残る。

なぜカメラはたびたび<わたし>の視線、すなわち<わたし>の世界を裏切るのだろうか?

カメラ(およびレンズ)が客観世界の側にあるからだろうか?

どうもそれだけとは考えにくい。

おなじ撮影機材を用いて同じシーンを撮っても撮影者によって異なる世界が表出するからだ。

カメラ(およびレンズ)は、撮影する<わたし>と密接な関係があり、そしてしかも時に「裏切る」のである。

そうまるで気ままな異性の友のように。
by amselchen | 2009-01-20 05:41 | Yashica ML 35/2.8

Yashica ML35は、「裏ライカ」?

前回、「裏コンタックス」と述べたヤシカML35であるが、多くの方々がDistagon35/2.8より優れているのでは、と述べられている。

とすると表裏がひっくりかえっているのだ。

日本の匠技の面目躍如ということで少しうれしい。


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ところがこの日、撮影した結果をみながら感じたのだが、このML35、「裏コンタックス」というより、「裏ライカ」というべき趣の画が多かった。

うれしい誤算である。

まあ雲が厚く光量が少ないという悪条件であったから、ツアイスのあの精密な高解像度は期待できなかった。

その分、コントラストと諧調を意識して撮ったせいか、はからずもライカで撮った画のようになったのか?はたまた、このレンズ本来の特性がそうなのか?

ひょっとしたらコンタックスの下請けをしながら、ヤシカ・ブランドにライカ風味をだすことでひそかにある種の溜飲を下げていたのかもしれない。

恐るべし富岡光学!


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先週購入したElmarit-R 35mmがまもなく配達されるはずだ。

来週末はとりくらべして確認できよう。

実に愉しみである。うふ、うふうふ
by amselchen | 2009-01-19 06:25 | Yashica ML 35/2.8

Yashica ML 35/2.8の凄み

尊敬するルリビタキお師匠様のご教示どおり、凄いレンズである。

Yashica ML 35/2.8

たぶん例の富岡光学の製品だろうか、コンタックス・Distagon・2.8/35の「裏レンズ」ともいうべきものであるが、どうもその力はルリビタキお師匠様もいわれるとおり、Distagonより上かもしれない。

両者ともまだ入手したばかりで使い込む前に判断するのもなんであるが、ファースト・インプレッションは往々にして本質をつかむものであるから、きっとあたっているのであろう。


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入手後最初の週末の今日がためし撮りであったのだが、ストレスのない良い感じを持った。

天気は暗く厚い雲があたりを圧するあいにくの条件だから、解像度をためすことよりもコントラストと諧調をおもに注意してみる。

結果はこのレンズ、この日の雰囲気をよく捉えていた。

暗さの中のほの明るい部分の描写が好ましい。


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しばらくこのレンズにつきあってその力を引き出せれば仕合わせな出会いとなるであろう。
by amselchen | 2009-01-18 06:03 | Yashica ML 35/2.8