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アムゼルくんの世界 Die Welt des Amselchens 

内へとむかう感覚

ブンガクが、小説という手法を手に入れ人の内面を描くようになって「近代文学」が成立したとするならば、近代工業文明の生み出したものの一つである写真撮影が、はじめから人の内面を映し出すものであったことは何の不思議もないでしょう。

それはつまり写真もブンガクだということです。

およそ人が表現するという行為を、「ブンガク」と定義するからです。それが近代、ということなのでした。

これにはさらなる説明が必要かもしれませんが、ここでは触れないでおきましょう。

ただ、わたしが写真撮影を行うに際しての自己意識として、ブンガクしている、ということが念頭にあることを告白しておきましょう。


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さて、地球はゆっくりと回転して、また季節の舞台をかえて行きます。

哲学者・森有正は、長年パリで暮らし、またそこでその生を終焉させたのですが、彼のいくつかの心に残る言葉の中で、欧州に暮らしてみてよく実感できるものがあります。

正確な引用ではなく、わたしの内面に沈殿する言葉として述べておきます。それは、

<夏の休暇が終わり、人々がパリに帰ってきた。夏の間、外に向かって開かれていた感覚が、内面へと帰ってゆく季節がやってきたのだ。>

というふうなものでした。今、そのことばが彼のどの作品で記されたものか思い出せず、原典にあたることができません。



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<夏の間、外に向かって開かれていた感覚>とは、欧州の、とくにアルプス以北のヨーロッパでの生活をよく言い表しています。

暗く長い冬をもつ欧州では、夏には、人はかけがえのない陽の光を体中にうけとめるため心身ともに外界へ外界へと開いてゆく、そのためにバカンス(ドイツ語ではウアラウブ)というものがあり、人は太陽をもとめて南へ南へとむかい、そしてまるで植物が開花するように人々の感覚がいっせいに開放されるのです。

欧州各地で、野外での音楽祭や劇が催されるのもその人々の感覚の開放とふかく結びついています。

そして、秋がきて、花々が散って実が成るように、人々の感覚が内面へと帰ってゆく。

欧州の生活の実感をうまくつかまえた表現である、と思います。そのように欧州での生活は自然と時の推移にしたがい移り変わり繰り返されているのです。
by amselchen | 2008-08-21 06:42 | Tokina SD 28-70