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アムゼルくんの世界 Die Welt des Amselchens 

他者の「まなざし」


「わたし」つまり意識が世界にむかって開かれ、そして瞬時ごとに「まなざし」をなげかける。そしてカメラがあれば「まなざし」のおもむくままシャッターを切る。それで世界をきりとったことになるのでしょうか?

当初は、そんなつもりでいたのは確かです。そして「わたし」の世界を定義するのだ、と勢いたってもいたのでした。

しかし、いつか他者らしい「まなざし」を撮った写真の中に発見して、じゃっかん考えが変容しました。

誰か人を対象に、つまりポートレートをとるときは、もちろんモデルの視線は直接感じることでしょう。しかしそれはあくまでカメラに対する「睨み返し」であって、「まなざし」とは異なると思います。

それに、わたしが感じる他者の「まなざし」とはカメラによるものであることは、もうすでに述べてみました。

カメラという道具は、もちろん「わたし」そのものではないのですから、「わたし」の「まなざし」とぴったり一致しなくても仕方がありません。

さらには、世界をみつめる、ファインダーをのぞいて構図を決める、露出を調整する、シャッターをきる、これら一連の作業のなかでどこに他者の「まなざし」が入り込むのでしょうか?

また、その他者とはいったい誰なのでしょうか?

それは、レンズだと思います。レンズこそが「まなざし」をもつにふさわしい道具ではないでしょうか?レンズが捉えた光と影、それこそがまさに写真なのですから。



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by amselchen | 2008-07-29 04:03 | ZD40-150